ドラクエ映画アイキャッチ

アニメ ゲーム 映画

【ドラクエ映画感想】ゲーム業界人から見ても残念な内容でした…

ドラクエ映画「ユアストーリー」を公開初日に観て来ました。

結論から言うと、残念でした!笑

子供の頃にプレイした思い入れのあるゲーム「ドラクエ5」。それがまさかの映画化ということで、数週間前からプレミアムシートを予約し、ワクワクしながら劇場に向かった僕。

しかし映画を観終わったあとは、モヤモヤする気持ちでいっぱいでした。自分と同じく初日に観に行った人は、腑に落ちないという方が多いと思います。

そこで今回は、残念だったポイントを書き留めておいて、今後ゲーム作品が映画化される際の手助けに少しでもなればなと思います!

ドラクエ映画の残念ポイント4選(※ネタバレ注意)

新規はお断り?説明が少ない

今回の映画はとにかく説明が少ないのが特徴。 例えば映画がまず、当時のドット絵シーンから始まります。ドラクエ5を未プレイの方には「この映画初見お断りかよ…」って感じてしまうかもしれません。

加えてその後は、キャラのバックグラウンドが細かく描かれることはなく、話が進みます。ドラクエに初めて触れる人は思い出補正もないので、キャラに全く感情移入できずに観終わるでしょう。

また、ドラクエ5をプレイしていた方にも「?」となるシーンが多かったです。例えば主人公の家って村になかったっけ?とか。予習は必須の映画だと感じました。

ゲーム好きには悲しいエンディング

ユアストーリーのラスボスは、なんとゲーム内に入り込んだウイルス。ミルドラースではありません。しかもこのラスボス、まともに戦闘はせず言葉攻めによる精神攻撃が中心です。

具体的には、「映画の内容つまらなかったですよね?実はゲーム内だったというオチのためにあえて面白くなくしました。でもみんな大人になったから許してね?」と言ってきます。

映画のラストでそれまでの内容を全否定しつつドラクエファンに大人になれと言うセリフ。ゲーム好きでドラクエも大好きな自分にとってはかなり酷な終わり方でした。

ドラクエ5を大切な思い出だと感じていた人ほど、悲しい終わり方だったのではないでしょうか。

幼少期が大幅にカット

「実は本当の冒険ではなくプログラムの中のことでした〜!」というオチの関係で、幼少期シーンが大幅カットされてしまいます。パパスは開始10分ぐらいで死にます、悲しい。主人公がスキップモードみたいなのを選んでましたもんね…。

実は最初のゲーム画面が「これはプログラムの中」という伏線になっていたっぽいですが、さすがに気付かんでしょ!笑

フローラが可哀想

今回主人公は巡り巡ってビアンカを選びます。一度はフローラを選ぶのですが、フローラ本人のアシストによって主人公は結局ビアンカを選択。最愛の人が生きていたのにも関わらず、その感情を隠して結婚相手の座を譲ります。悲しい。

さらに、主人公はプログラムでフローラが好きだと思い込んでいただけで、ビアンカの方が好きという悲しい宣告もなされます。フローラさんが一体何をしたっていうんだ…!

ドラクエ映画の良かったポイント

グラフィックは綺麗

映像のきめ細やかさは際立っていましたね。特に戦闘中の疾走感溢れる映像が、あまりに綺麗すぎて感動してしまいました。ゲレゲレが走るシーンは神。

爪痕は残した感

良くも悪くも世論を沸かせましたし、普通にミルドラースを倒して終わっていたら、レビューもされない「ただのつまらない映画」で終わっていたかもしれません。今後の映画界の礎になったと考えるとよかったのではないでしょうか。

ゲームが映画化される際に気をつけること

大幅カットが絶対に必要

RPG作品を映画化してしまうと、どうしても「詰め込みすぎ」になってしまいます。詰め込みすぎると、パパスの死やマスタードラゴンなど、1つ1つのエピソードが薄くなってしまいます。話が薄いとキャラへの感情移入も難しく、結果として浅い映画に終わってしまいそうです。

デジモンのtriもキャラクターたちに感情移入させる構成になっておらず、ファンの多い大型IPながらも大コケしましたね。今回でいうと、マスタードラゴンのくだりは全カットでもよかったかもしれません。

ストーリーの大幅改変も考慮する

ファンにはもちろん原作通りのストーリーを望む方がいるでしょう。しかし、多くのファンは駄作になるくらいなら「作品を美しく良い思い出のまま維持して欲しい」と思っています。悪い思い出になるくらいなら改変して素晴らしい作品に仕上げて欲しいと自分は思います。

作品が素敵な思い出であり続けて欲しい。」そう思う人がいることを、映画を作る方には把握だけでもしておいて欲しいですね!

-アニメ, ゲーム, 映画